本記事では,映画監督ロイ・アンダーソンの映画に見られる手法と,ブリューゲルやエドワード・ホッパーなどの絵画からの影響について紹介していきます.

ロイ・アンダーソンとは

ロイ・アンダーソンは,ヴェネチア映画祭金獅子賞受賞の映画 「さよなら人類」 (A pigeon sat on a branch reflecting on existence) で特に知られるスウェーデンの映画監督です.

「さよなら人類」は,彼が 人間三部作(Living Trilogy) と呼ぶ3本の映画,

  • 「散歩する惑星」 (Songs from the second floor)
  • 「愛おしき隣人」 (You, the living)
  • 「さよなら人類」 (A pigeon sat on a branch reflecting on existence)

のうちの一つです.

彼の映画の特徴

この人間三部作は,人間の生き方や希望,絶望を哀愁とユーモアたっぷりに描いたものになっています.

彼の映画をみて最初に気づくのが,それぞれのショットがまるで絵画 であるということです. どういうことかというと,彼の映画ではカメラワークがありません. カメラはズームや移動せず,映画はそれぞれの場面の長回し(2~8分程度)ショットの連続から成り立っています. 各ショットでは照明や物,人などがすべて絵画のように計算され尽くしたレイアウトに並んでおり, まるで西洋絵画が動き始めたかのようです.

観客は映画を見る際,まるで実際の絵画を見るように細部までじっくりと観察する事ができます. また,役者はすべて素人やアマチュアの役者を使っており, 監督が一種の日常感を出そうとしていることがわかります.

その中から,特に監督本人も影響を受けていると言われている二人の画家, ハンス・ブリューゲル(父)エドワード・ホッパー について見ていきましょう.

影響を与えた画家たち

ブリューゲル

ブリューゲル(父) は北方ルネサンスを代表する16世紀のオランダの画家で,主に庶民の生活や自然を描きました. ヌードを一度も描かなかった珍しい画家でもあります(笑)

Bruegel, Pieter. The Hunters in the Snow
引用: Bruegel, Pieter. The Hunters in the Snow. 1565, Kunsthistorisches Museum, Vienna.

特に監督が影響を受けた絵画としてあげているのが,「雪中の狩人」 です. この絵では,遠近法を使っており,手前にはこの絵の中心である,うまく行かなかった猟から帰ってくる人々が写っていますが, 奥には,そのことなどもつゆ知らず,氷の上で滑ったり,日々の生活を営んでいる人々が描かれています. 彼の映画でもこのように,遠近法や,事件とその裏で流れていく日常生活の対比がよく見られます.

Songs from the second floor

エドワード・ホッパー

エドワード・ホッパーは,ブリューゲルとは全く違う時期,1940年頃に活躍したアメリカの画家です.

彼の代表作,「ナイト・ホークス」では,人間の静けさとお互いの微妙な距離感と緊張感が感じられます. カウンターに座っている男女の間には気まずい沈黙が流れているように見え, すべての人物が他人を見ず,手元やなにもない空間をみています.

Hopper, Edward. Night Hawks
引用: Hopper, Edward. Night Hawks. 1942, The Art Institute of Chicago, Chicago.

また,店内は人工の光で影もなく照らされています. 店内の煌々と照る人工の光と,外の暗闇の対比が,店内の緊張感と高めているようにも感じます.

ホッパーの絵で見られるような緊張感や孤独感はロイ・アンダーソン監督の作品でも多く見られ, 彼の映画でよく出てくるカフェやバーのシーンでは,特にそれが感じられます.

Songs from the second floor
引用: Songs from the second floor (source)

その他の絵画からの影響

これ以外にも,彼の映画では,絵画に影響を受けていると思われるようなシーンがたくさんあります.

このシーンでは,男が電車のドアにに指を挟んで倒れていますが, これは,よくある画題である死んだキリストへの嘆きを真似して, 神聖なキリストと,ありふれた日常を対比したユーモアのようです.

これは 「散歩する惑星」 (Songs from the second floor) からの引用ですが, この second floor というのは,死後の世界や天国などのことを言っています. 実際この映画には(皮肉なことに,セールスマンが大量に売るための商品として)キリストの磔像がたくさん登場します.

Annibale Carracci. The Dead Christ Mourned
引用: Annibale Carracci. The Dead Christ Mourned. 1604, National Gallary, London.

いかがでしたでしょうか? 最後に「さよなら人類」からお気に入りのシーンをシェアしておきます.

参考文献

  • https://www.youtube.com/watch?v=bLCtJkGKefU